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停止
 相当な努力の末、普通を装うことに成功していた私だったが、その間、頭の中のコンピュータはフル回転だった。
 みんなにとっては、普通で自然な行動や言動の数々が、私にとっては何もかも、いちいちプログラミング処理して稼働させなければならないような不自然なことばかり。
 そんな日々の生活で、無理やり普通を装い続けた私の疲労の色は、年々濃くなっていった。
 そして遂に、12歳の時から努力して、ようやく得ることの出来た “普通の人” というレッテルは、7年後に剥がれ落ちたのである。

 長年、メンテナンスも無しにフル稼働していたコンピュータが、負荷に耐えかねてプツンと停止したかの如く。
 19歳の春の日、それは全く唐突に。私の心身は活動を停止した。

 とにかく全身が重くてだるくて、ろくに動かない。
 出かけなくてはならない時間になっても、布団から出ることも出来ない。
 それ以前に、頭の中も思考停止しており、日常的なスケジュールをこなさなくては、という意思すら失せていた。

 動かない身体、靄がかかったような脳裏。
 自分はどうしてしまったのか。何とかしなければ。とか、そんな通常の思考すら働かず。
 ただひたすらに疲れきった、私の身体や心や全てが、ピタリと止まってしまったようだった。

 数日後、私は母に引きずられるように精神科の門をくぐった。
 そこで言い渡されたのは “鬱病” という病名。
 抗鬱剤、抗不安剤、睡眠導入剤など、大量の投薬生活が始まった。

 だが、それらの薬を飲んでも、私の状態は全く好転しなかった。
 過去の虐待のこともあり、多少は責任を感じていたらしい母が、カウンセリングやら催眠療法やら、色々な治療法を見つけては、私を引きずって連れて行ったが、何をしても効果がなかった。

 まず、カウンセリングに関しては、私は今でも疑問を持っている。
 一口にカウンセリングといっても色々な形があるのだとは思うが、私が経験したのは、患者が一方的に自分の辛かった経験や現在の思いなどを語り、医師がそれを聞くというもの。
 基本的に医師は、こちらの言うことに反論したりしないし、アドバイスも滅多にしない。
 ひたすら聞き役に徹して、私はあなたの気持ちが分かりますよ、と理解の姿勢を示すのだ。

 これは、女性同士の付き合いでもよくある。
 何か悩みや迷いがあると、親しい女友達に話を聞いて貰って、自分の言いたいことをぶちまけて、それを繰り返す内にスッキリするというやつだ。
 「何も出来ないけれど、話だけならいくらでも聞くからね」
 こんな台詞を、何度聞いたかわからない。
 女性というものは、いや、男性もそうなのかもしれないが、そのように言われると、有難いと思うのだそうだ。

 私にはさっぱり理解出来ない。
 “何も出来ない” なら、“話をするだけ無駄” じゃないか?
 「何か力になれるかもしれないから、話してみなさい」 と言われたならば、とても有難いと感じるが、
 ただ話をして→誰かにそれを聞いて貰い→受け入れて貰って→納得する、という図式がどうしても理解出来ないのだ。
 だって肝心なのは、悩みの本質にある問題点ではないのか?
 その問題点について、こうしたら、ああしたら、というアドバイスが欲しいと私は思う。

 でも普通の人? 少なくとも女性には、そうではない人が多い。
 下手なアドバイスをすると、逆にムッとされることすらある。
 彼女らは、ひたすら自分の話や愚痴を、「ウンウンそうだね、気持ち分かるよ」 と受け入れて貰いたいのだ。

 それが普通、もしくは女性的な傾向だというなら、私はやはり普通ではないし、女性的でもないのだろう。
 実際、あちこちの病院へ引きずられて心理テストだのロールシャッハだの箱庭だの色々やったけれど、私の思考パターンはかなり男性寄りなのだそうだ。
 その結果を聞いて、妙に納得もした。
 私は昔から、同性よりも、異性である男性の方が話しやすく、楽に付き合える。
 女性に関しては、未だに理解出来ない部分が多く、付き合いづらいと感じることが多い。

 と、私はそういう考えなので、カウンセリングをすることの意味が分からなかった。
 自分にはなんの意味もない、と感じてすらいた。

 それから、催眠療法。
 高額な料金を支払い、専門の施設で受けたのだが…。
 私は、まったく催眠にかからなかったw
 「初回はかからない方もいるので、何度かやって慣れてくれば…」 と言われ、しぶしぶ通ったが、何度試みても無駄だった。
 頭に電極が付けられ、しっかり脳波をモニターされているので、催眠にかかったかどうかは一目瞭然で、誤魔化しが効かない。
 私は言われるままに目を閉じて、終始ただ先生の声を聞いているだけだった。
 それなりに高名な先生だったので、「こんなに全く催眠にかけられなかった患者は初めてだ、力不足で申し訳ない」 と、先生を凹ませてしまった。
 もしかして、自閉症スペクトラムの人間は、催眠にかかりにくいのではないだろうか…?

 この頃は他にも、神経科や心療内科や漢方相談や、あちこちへ連れて行かれ治療を受けたが、どの治療機関も私に正確な診断を下してはくれなかった。
 “鬱病” “不安症” “神経症” “自律神経失調症” ありとあらゆるメンタルな病名だけが増えていった。

 この時に、アスペルガーだと診断してくれる医師が1人でも居たなら、私はどれだけ救われただろう。
 だが、当時は今ほど発達障害というものが世間に浸透しておらず、私も親も、医師ですら、そんなことを思い付きもしなかった。

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